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【第7部】コンセプトとアイデンティティ(O-Japan 1995.4月号掲載)
大会全体を包み込むもの
私が提供できる話題も残すところあと僅かとなった。この連載の最後に取り上げるのは大会全体を包み込む「コンセプト」と、時をこえて流れる「その大会らしさ」、すなわち「大会のアイデンティティ」に関してである。
前回、アイデアが劇的な効果をもたらすと述べた。しかし、実を言うと、アイデアだけでは、それは難しい。アイデアは言わば局地的な戦術に過ぎない。真に重要なのは戦術ではなく、全体的な戦略である。さらに言えば、どんな大会にしたいのかというコンセプトであり、ビジョンである。アイデアは、そのコンセプトを具体化するものとして、それに沿って集約的に実現されて、初めて効果がある。コンセプトに沿わないアイデアをいくら実現させても、奇抜なものの寄せ集めができあがるに過ぎない。そのような大会に全体像を見い出すことは、決してできないのである。
大会運営の3類型
私は大学4年の冬、早大OCの会報誌上で大会運営の以下の3類型への分類を試みた。
- ただの大会開催
- 戦術的大会運営
- 戦略的大会運営
以下、それぞれの概略を示そう。
1) ただの大会開催
ただの大会開催とは、何も考えず、ただ開けば良いということで開かれる大会である。本来、このようなことは考えられないが、大会を開き始めた頃のスピリットが風化してしまった場合や、年中行事としてこなさなければならない場合などに見られる。日程消化的大会運営と言っても良いかも知れない。
2) 戦術的大会運営
戦術的大会運営とは、各所で「良い大会」を目指して努力しているものの、目指す「良い大会」の姿そのものが不明確で、それぞれの努力が意図的な関連性なく行われている大会である。
3) 戦略的大会運営
戦略的大会運営とは、目指している大会の姿が内外に明確になっており、そこに向かって、あらゆる面で努力している大会である。
『イレギュラーイベント』に見る戦略的運営
さて、言うまでもなく、大会運営は3)の戦略的大会運営でなければならない、と私は考えている。そこで、このタイプの典型として、昭和55年のお正月にグリズリーが主催した『イレギュラーイベント』という大会を紹介しておこう。グリズリーは、昭和52年から55年にかけて活躍した、当時の著名な学生エリート・オリエンティアから成る大会運営集団的なグループである。
この『イレギュラーイベント』は、その名の通り、何から何までイレギュラーなイベントであった。大体、どんな行事であるかが知らされない。スタート地点は地図の余白で、テレインまでは地図なしで行かなければならない。ポスト位置は「等高線と磁北線の交点」と来た。つまり、特徴物のない、ただの林の中だったりする。もちろん、いずれも位置は正確である。一つのコブに13個もポストはついているし、迷路のような墓場の中にも設置されている。最終ポストの位置説明は「花の香り」で、何かと思えば『ピコレット』が置いてあって香りが漂うようにしてある。表彰式では、トップゴールやタイムが1時間ちょうどの人にはそれぞれ洗剤の『トップ』や『ジャスト』が授与される、という具合に何から何までイレギュラーなイベントだった。
いかがであろうか。「イレギュラー」という明確なコンセプトが、大会のすみずみにまで浸透していることがおわかりいただけただろう。確かに、特殊なイベントではあるが、この大会は戦略的な大会運営という意味で、一つの理想型である。
ところで、賞品として『トップ』や『ジャスト』を授与するのは、他の大会でもできる。しかし、これはこの大会の「イレギュラー」というコンセプトの下でこそ活きてくるものではないだろうか。もし普通の大会で同じことをしたら、そこだけが浮いてしまうに違いない。アイデアは、基本的なコンセプトに沿って集中的に実現させてこそ、大きな効果があるのである。
目指す姿を言葉にする
残念ながら、今日の大会の多くは戦略的大会運営とは程遠い。たとえば、大会要綱一つをとって見ても「どんな大会を目指しているか」が伝わってくることは少ない。「どんな大会にするか?」という本来最初に議論すべき基本的なことがらについて、ほとんど話し合っていないのではないだろうか。
先ほど紹介した小文の中で、私は早大OC大会が早大OC大会らしくあるゆえんとして、次の2つを掲げた。
一つは、「Orienteer Oriented─ 喜ばれる大会をつくりたい ─」というコピーにして掲げた、参加者指向の姿勢である。
もう一つは、「先駆の伝統 ─ いつの時も先駆者であること ─ 」として示した、果敢にチャレンジする姿勢である。
内容はさておき、この主張をして良かったと、私は思っている。なぜならば、この後、早大OCでは「ワセダらしさ」についての議論が、非常に活発になったからである。会報には、例年よりずっと早くから、OC大会に関する記事が掲載された。ある時は、第9回大会(『天狗岩』)の準備を進めているチーフたちが座談会を行って、自分たちの考えを披露し、また、ある時は、第8回大会(『深良財産区』)を成功させた4年生が主張した。「OC大会らしさ」は、こうした喜々として取り組む上級生の姿や真剣な議論を通じて、クラブに根づいていったのである。
私が思うに、「こういう大会にしよう。」と思ったら、それをストレートに宣言してしまった方が良い。その方が内外に浸透する。共感が得られる。
「『地図、競技の京葉』の名の下に運営される、競技性本位の大会」(前回大会の要綱より)──これは、京葉OLクラブが目指す大会の姿である。こう宣言することで、参加者の期待も、運営者の努力も、ここに集中する。そして、共鳴して、大会は成功する。
うわっつらだけのキャッチコピーではない。自分たちの目指す姿をいま一度見つめ直し、そして、それを言葉にしてから、準備に取り掛かろう。今日の大会運営からは、このフェーズが欠落している。作業をすることで運営した気になっている。それではいけない。初心に帰って、自分たちの大会のあり方を考え直してみようではないか。
織りなされる大会の色
私が投稿をした翌月の会報では、一つ上の先輩である細川忠政氏(練馬OLC)が、大会のアイデンティティを織物にたとえて述べ、私の原稿を補足してくれた。それを私流にまとめると以下のようになる。
「OC大会は単なる積み重ねではなく、織りなされるものである。次の横糸については、それまでと同じものを同じように織り込む、保守的な選択をする必要はない。すでに織り上がった部分のコンテクスト(文脈)を読み取り、それとの調和を考えた上で新しい横糸を考えれば良いのだ。」─まさに至言である。
私の投稿から既に9年がたつ。それだけに一層、スピリットの風化や、ただこなすだけの大会開催が現実味を帯びてきている。
第13回早大OC大会(これも4年前になるが)の成績表で、実行委員長の清水健二氏は以下のように述べている。
「OC大会が数あるOL大会の中でも、常に独創的・先進的な方向性をもって進んできたのは自他ともに認めるところと思います。しかし、我々を取り巻く状況は決して楽なものではありません。来年早大OCは創部15年を迎えます。学生OL界・日本OL界の創造、発展に情熱を捧げた先哲達の息吹が薄らぎつつあるのは否めない事実です。毎年、OL・OL界を知らない新入生が入部し、しかも、執行学年が変わっていく中で、あまりに重いOCの伝統を受け継いでいくのは、それだけで精一杯の感もあります。しかし、OCの伝統とは、伝統それ自身を超えていこうという進取の精神です。伝統を受け継ぐというのは、新たな伝統を創りだすことにほかなりません。」
開くだけでも大変であることを認めながらも、果敢にチャレンジする姿勢が伝わってくる。最後の部分はまさに圧巻である。私は、折にふれて、この文章を更に下の後輩たちに紹介している。そして、ここに書かれたことは、他のクラブにも通じるものがあるのではなかろうか。
私は、この連載を、学生クラブの皆さんにエールをおくるつもりで書いてきた。もちろん、地域クラブにもがんばってもらいたい。地域クラブも学生クラブも、それぞれが自分のカラーをぶつけあって欲しい。大会運営の面でも、もっと競い合い、切磋琢磨しながら互いに成長していって欲しいと願う。
今回紹介した、私が大学4年の冬に書いた小文──実は、そのタイトルが『大会運営学』であった。その投稿にどれほどの効果があったかはわからない。しかし、とにかく、OC大会は後輩たちによって大きく育てられた。今回、この連載に再び同じ名を冠したのは、それにあやかってのことでもあったのである。
あとがき
私が、私自身の経験に基づいてお話できるのは以上である。大会運営の総合的なテキストを期待していた方にとっては物足りないかも知れないが、背伸びをせず、ここで終わりにしておきたい。
これから初めて大会を開こうとしている読者の中には、先行するクラブのシステマチックな運営に驚いた方もあろう。しかし、心配は無用である。ヤル気においては、あなたの方が、まさっているに違いない。私は、よくクルマのギアにたとえて言うのだが、彼らはトップギアで巡航するクルマのようなものだ。過去の蓄積の上に立っているから比較的簡単に大きな大会を開けるのであって、ゼロから発進できるだけの力を持っているかどうか。ちょっとしたことでノッキングしはしないか。
他方、伝統あるクラブの皆さんに対しては、自分が恵まれた環境にいることを理解して、それに甘えることなく、また、ノウハウを無駄にすることなく、さらなる飛躍を目指していってもらいたい。
昭和53年5月10日の日本経済新聞の最終頁「文化」に、第4回全日本大会(常陸太子)HE優勝の杉山隆司氏の「本場仕込み オリエンテーリング」という文章が、大きく掲載されている。氏は1975年の全英選手権者でもある。その中で、氏はこう書いている。
「オリエンテーリングの楽しみは、競技に出場したり、地図を集めたりすることだけにあるのではない。大会の運営そのものに携わることこそ真にオリエンテーリングを知り、その醍醐味を理解することになろう。」と。
本連載に当たっては、多くの方にお世話になった。貴重な地図調査の記録を提供して下さった京葉OLCの田中徹氏、生産性の経験則を教えて下さった山岸倫也氏、村越真氏、山川克則氏。最新の情報を提供して下さった早川正美氏、尾上秀雄氏、岩出雅人氏。資料を提供してくれた天野仁氏、筑波大まで出掛けて調べものをしてくれた篠崎東雄氏。連載第5回の原稿の校閲をして下さった筆谷敏正氏。また、桐田幸宏氏にもお世話になった。それから、第15回早大OC大会の詳細な報告書を書いてくれたチーフの方々──。この場を借りて、感謝の意を表したい。
そして、編集部の田口氏ご夫妻には本当にお世話になった。
ここに記して、御礼申し上げたい。
