大会運営学 大会を開き、育てる法

【第6部】アイデア(O-Japan 1994.12月号掲載)


劇的な変化をもたらしたもの


  '82年から '83年にかけて、大学OLクラブによる大会運営は、東大OLK大会の全盛期であった。東大OLK大会は4大学大会の中で最も後発だったが、そのハンディをカバーすべく考えられた「6月に近場でやれば大勢集まる」という戦略が当たり、1500人を集める最大規模のイベントに成長していた。運営にも毎年新風を吹き込み、なかでも第5回大会(『二ツ塚峠』)で新設されたH21ASは他大学が相次いで追随する大ヒットとなり、ルールに盛り込まれるまでに至った。
 筑波も良かった。第6回大会(『喜佐見』のちの『熊ノ木』)は東北自動車道の通行止というアクシデントに見舞われはしたものの、栃木初の本格的テレインの素晴らしさが人々を魅了した。
 千葉大大会は、狩猟との関係で、せっかく作ったニューマップが使えないという不運に遭いながらも、いち早く成績処理の電算化に取り組んでいた。
 それに比べ、私が1年の頃の早大OC大会(第5回『高麗峠』)は全く精彩を欠き、何一つ威張れるものがなかった。ほとんどすべての面で他大学の後塵を拝していた。そうした中、われわれは復興の道を歩み始めたのである。
 それから2年、第7回大会(『小櫃林道』)が大成功をおさめる。見開きB3のドデカいプログラムに始まった衝撃波は、山岸倫也氏がトロンボーンを演奏し、各コース図を写真撮影してミニチュア化した楯を贈呈した表彰式に至るまで人々に新鮮な驚きを与え続けた。当時、まだ存続していた雑誌『オリエンテーリングニュース』にも絶賛の声が寄せられた。そして、以後、早大OC大会ヘのエントリーは1000人を下回ることがない。
 この劇的な変化をもたらしたものは何か。
 その答の一つに「アイデア」がある。数々のアイデアの実現が、OC大会をドン底からダントツへと一気に押し上げたのである。


私のアイデア歴


 初めに、私のアイデア歴を簡単に紹介しておきたい。
 私の最初の大会運営への提言は、 '83年にOCの会報に書いた『 "即報" 実現のために』という拙文である。その内容は───
 1)B6版のいわゆる京大型カードに諸々の  記入欄を印刷した「レシート台紙」
 2)ゴールレーンから速報所に至るまでの全業務のクラス別2ライン化と、第1色、第2色の組合せによる統一的な「色分け」
 3)ゴールライン通過後、十分な長さの減速エリアを設けつつ、役員にとっての処理のしやすさも追求した、ぐるっと回って役員の位置まで戻ってきてもらうという「インターチェンジ作戦」
などの提案である。このほか、スタート時刻の設定次第でゴールのピークを抑えられるという、今でいうオフピーク・スタートの考え方について図入りで説明している。当時としては画期的な内容ではないかと思う。
'84年は自分たちの代の大会(第7回大会『小櫃林道』)ということもあって、実現させたアイデアは枚挙にいとまがない。先ほど述べた巨大なプログラムやミニチュア地図の楯も、私の発案である。
 卒業後では '89年のインカレ・プロモーションビデオや電光速報、 '92年のFAXエントリーシステムなどが挙げられよう。
 このように並べてみると、ただ既存の物を組み合わせたに過ぎず、アイデアと呼ぶことさえ恥ずかしく思える。しかし、いずれにせよ、私が提供できるのは、これ位のレベルの話題である。こうした発案によって、大会をより面白くし、運営者自身も、もっともっと楽しんでしまおう、というのが今回のテーマである。


『必要は発明の母』、ということは───


 私は、最後のOC大会を控えた4年の秋、ミーティングの際に時間を割いてもらって、アイデアに関する講義を行った。
 私は、その時、まず最初に
  『必要は発明の母』
と黒板に大きく書いた。そして、こう言った。
 「必要は発明の母と言われます。つまり、必要性を見いだしてもいないところに発明は生まれ得ないのです。しかし、この言葉は、もう一つ重要なことを言っています。必要は発明の母、あくまでも母ですから、つまり、それだけでは発明は生まれ得ないのです。要するに『発明の父』が必要なのです。」と。
 この切り出しは、大いにウケた。そして、発明の母・ニーズに対して、発明の父として「シーズ」を掲げた。シーズとは問題を解決してくれそうな技術やヒントである。言い換えれば、ニーズとは「~するにはどうすれば良いか?」というアプローチであり、シーズとは「これを何かに使えないか?」というアプローチである。このシーズを抜きにして、アイデアは生まれ得ない。ニーズとシーズのめぐりあいによって、初めてアイデアが生まれるのである。
 たとえば、速報板を見ていても、なかなか自分の成績が出て来なくて、イライラする。なんとかならないか、と思う。ニーズの発生である。別の日、しゃれたパン屋の前を通りかかると「今度のパンは 14:00頃焼き上がります。」の掲示。「ふーん、なるほどねぇ。・・・そうだーっ!速報があとどれくらいで出るか、見通しが立てばいいんだっ!」──潜在的な不満とパン屋の掲示が瞬間的に結びつく。  何がきっかけになるか、わからない。選挙の開票速報の開票率の表示から思いつくかも知れないし、エレベーターの前や駅のホームで思いつくかも知れない。高速道路の「あと何分」という表示などは、ほとんど同じ発想である。
 話は少しそれるが、選挙と言えば、当確者にバラをつける。私の1つ上の先輩にあたる筆谷敏正氏は、これを見て順位確定者にバラをつけることを思いついたという。しかし、残念なことに、このバラつけは '83年の確か朝日大会(『小食土(やさしど)』)に先を越されてしまった。氏が悔しそうにしていたことを思い出す。
 もう一つ例を挙げよう。
 ストリーマーをたどっていて、前の人たちにつられ、曲がり角に気づかず真っ直ぐ進んでしまうことがある。「結局、ストリーマーじゃなくて、人を見て歩いているんだ。」と思う。その大会の帰り道、お巡りさん人形がしつこく道端に現れる。「そうだっ!」── かかしの発想である。でも、おちゃめでしょ。
 さらに、もう一例。
 『小櫃林道』の大会の時、東京OLクラブからスタートで使う大型のデジタル時計を借りた。ペアOL大会で見て、カッコ良かったからである。ところが、あいにく故障中で、同クラブが所有する別の時計が来てしまった。少し小型で、ちょっと見づらい。「うーん、これなら従来の時刻札を使った方がいいなぁ。とすると、この時計、どうしようか?」──シーズが先に発生した。そして、公式時刻を示すものとしてゴール地点に設置しようという解決策が見つかるまで、大して時間はかからなかった。
 いかがであろうか。アイデアとは、こんなものだ。ニーズも必要ならシーズも必要なのである。どちらが重要かは甲乙つけがたい。とにかく、両者の劇的なめぐりあいがあって、初めて誕生するものなのである。


ニーズ・ドリブンとシーズ・ドリブン


 ここに挙げたいくつかの例を見ただけでもアイデアへの到達方法に複数のパターンがあることに気づく。つまり、ニーズが先行する場合と、シーズが先行する場合である。
 最近になって知ったことだが、新製品開発においても、ほぼ同じことが言われているらしい。つまり、市場ニーズ主導か技術主導かという話である。そこでは市場ニーズ主導型のことをマーケット・ドリブン、技術主導型のことをテクノロジー・ドリブンと呼ぶのだそうだ。この呼び方を私が挙げた2つのタイプに適用するなら、ニーズ・ドリブンとシーズ・ドリブンということになろう。
 先ほどの例で言えば、速報の進行状況表示と曲がり角の人形の件はニーズ・ドリブン、確定のバラとゴールへの公式時計設置の件はシーズ・ドリブンということができよう。
 ニーズ・ドリブンのアイデアの例をもう少し挙げると───
 第9回大会(『天狗岩』)における「順位バサミ」は好例である。順位バサミとは、各クラスの10位、20位、30位・・・ の選手の速報用紙を数字札をつけた洗濯バサミで挟んで、参加者が順位を数えやすいようにするというアイデアである。速報板から成績を写し取る際に経験した、順位を数える面倒臭さへの不満が、このアイデアの根本にある。
 第7回大会のプログラムでは、最初の見開きに「スタートの2時間前に姉ケ崎」とデカデカと書いた。また、第14回大会(『両総用水』)のプログラムには、参加者がどこに何時に着けば良いかを書き入れる欄が作られた。およその所要時間も印刷されている。いずれのアイデアも、誰もがやっているはずの「どこに何時、それに間に合うためにはここを何時・・・」という逆算の経験がベースになっている。これらのアイデア、特にスケジュール早見表が普及・発展しないのは不思議なほどだ。また、あちこち見なければわからないプログラムに対して、さしたる不満が出ないのも不思議なことである。この話題については、もう一度触れる。
 シーズ・ドリブンの例も挙げよう。
 最も単純なのは、既存のものを別の場面で利用する、新たな用途に転用するという方法である。
 第11回大会(『越生六地蔵』)で、成績速報(当日成績表)をバックカーボン付きのコンピューター用紙に印刷することにしたが、一式は速報所に貼り出すとして、もう一式をどうしようかという話になった。用途は考えていなかったのである。そこで「史上初の女子更衣所内速報」と銘打って、女子更衣所に貼り出そうと考えた。しかし、女子更衣所は薄暗く長居するところではないと聞き、結局これは廃案となった。
 さて、日常生活の中にもシーズはあちこちにころがっている。
 東京の地下鉄の、色の輪と矢印で案内するサインシステムは、そのまま大会でも使えそうだ。それから、ビルのあちこちで見かける非常口の案内表示。あの「非常口」の文字をたとえば「出口専用」とか「スタートはこちら」とかに変えたらどうだろう?特に、国際大会を考えた時、絵によるサインシステムは有効なはずだ。一般に、駅や空港であるとか、催事場、運転免許試験場のように多くの人が集まる場所には、そのままでも大会に使えそうなヒントがゴロゴロしているように思う。
 コース図をミニチュア化した楯、しかも、写真に撮ることで縮小するというアイデアは、写真屋の年賀状関連の商品がヒントになっている。もちろん「自分が走ったコースの地図がそのまま楯になっていたら記念になるのでは?」という部分は、私がオリエンティアとして感じたニーズを反映させたものである。
 これに類する賞品として、第13回筑波大大会(『岩瀬燕山』)の、筑波大作成地図をカラーコピーして作ったカレンダーや第16回群馬インカレの『行幸田』をプリントしたTシャツがある。これらも似たような着想ルートをたどったのではないだろうか。  さらに例を挙げよう。
 留守電・リモート操作機能付きの電話機やウォークマンの類には、たいてい定期入れサイズでカードタイプの操作マニュアルがついている。また、皆さんの中にも住所録などを縮小して定期入れに入れたり、リフィルにして持ち歩いている方もあるのではなかろうか。とすると、先ほど述べたスケジュール早見表が切り取り線付きとか、別紙のカードという形で提供されるのは、もはや時間の問題かも知れない。
 また、ハプニングや不具合がヒントになる場合もある。歴史上の発明でも、ガソリン・エンジン、レーダー、モーターなどは、事故や間違い、不具合がヒントになって生まれたものだという。
 以前、新旧2種類のチェックカードを併用した大会で、整理をしながら不揃いなサイズに不快な思いをしたことがある。しかし、その時、わざと2種類のサイズを用意することによって、机の上でトントンと揃えるだけで分類できることを思いついた。不具合の中にこそ、ヒントはあるものである。


手持ちの素材を増やす


 では、どうすればアイデアを出せるのだろうか。私なりの考えを述べてみたい。
 アイデアはニーズとシーズの接点で生まれる。したがって、ニーズやシーズを一つでも多く持っていた方がチャンスは多い。手持ちの素材が多いほど、アイデアが生まれる可能性も高いのである。
 では、その持ち駒を増やすにはどうすれば良いか───。
 まず、手持ちのニーズを増やすには、多くの大会に参加することが唯一かつ最高の方法である。オリエンテーリングとオリエンテーリング大会を知らない者から、適切なアイデアは基本的には生まれ得ない。参加者として感じた不平や不満を前向きに昇華させれば、必ずアイデアにつながるはずだ。
 いま「基本的に」と断ったのには理由がある。時として、素人の新鮮な発想が有効に働く場合があるからである。
 第8回早大OC大会(『深良財産区』)は、初めて更衣所の入口と出口を分けた大会である。これを発案したのは、それほどオリエンテーリングをやらない会員だった。私は、これはうまくいかないだろうと踏んでいたのだが、やってみたら思いのほかうまくいってしまった。彼に脱帽した次第である。
 次に、シーズを増やすにはどうするか。
 それには、なんでもヒントにしてしまおうという好奇の目で周囲のモノや事象を見つめることが大切である。ふーん、へぇーと思った時はチャンス。あと一息という所まで来ている可能性がある。そこで、何かに利用できないか考えてみよう。それに見合うニーズが自分の内部にないかどうか、知的な探検をしてみるのである。
 私は、大学2~3年の頃、何を買うわけでもないのに、東急ハンズやDIYショップによく出かけた。実は、ヒントや素材を集めるために、である。こういう店では、使い道は思いつかないが面白そうなものが見つかる。そんな場合には、とりあえず買ってしまう。つい先日も、ダイレクトメールで使われる、裏が透明の封筒を見つけたので買ってきた。「こんな封筒でプログラムが届いたら恥ずかしいよなぁ。」などと考えながら。


つねに考えることによって


 私が今でも忘れられない瞬間がある。プログラムを見開きB3サイズにすることを思いついた瞬間のことだ。それは渋谷駅でタダで配られていたタブロイド版の新聞を山手線の中で読み終えた時のことだった。
 当時、私はヒントを求めて身の回りの雑誌から電車の中吊り広告、就職関連の資料に至るまで、すみからすみまで目を通していた。第7回のプログラムに「セッター座談会」という形でコースプロフィールを載せたが、あれなどは、まさに就職資料からのアイデアの転用である。実際には、ほかにも色々なことを考えた。表紙を表紙にとどめず、目次として活用することも考えたし、紙を斜めに折る方法とか、ページごとに折る位置をずらして紙の端をインデックスとして利用する方法なども検討した。
 さて、前置きが長くなったが、渋谷から読み始めて、下車駅の高田馬場駅が近づいた。「ためになるような記事は特になかったな。」 と思って、たたもうとした瞬間のことだった。
「紙をたたまなければ大きく使える!折らずに行こう!B3なら大きな字だってイラストだって自由に使える!」───私は、浮力の原理を発見した時のアルキメデスのように、人ゴミの中を駆け抜けていった。
 ニュートンは「りんごが木から落ちるのを見て」万有引力の法則を発見したと語る一方、なぜ思いついたのかという質問に対しては、「常にそれについて考えることによって。」と答えたという。歴史に残る偉大な発見と、たかが紙を折る折らないの話を一緒にするのは笑止の沙汰だが、少しは通じるものがある。B3の話で言えば、とにかく色々なものに目を通し、あーでもないこーでもないと考えたからこそ、あの着想が得られたのだと思う。アイデアとは、普段の、そして不断の努力があってこそ生まれるものなのだ。その証拠に私の発案は大会運営の分野に限られている。アイデアは資質ではなく、努力の産物なのである。


オズボーンのチェックリスト


 とは言え、効率良く努力するためのガイドラインのようなものなら、少しはありそうだ。オズボーンの著書『独創力を伸ばせ』の要点をMITクリエイティブ・エンジニアリング・ラボラトリーが簡潔にまとめた『オズボーンのチェックリスト』がそれである。その9項目を以下に示す。


  1. ほかに転用できないか?
  2. ほかのものを応用できないか?
  3. 色、動き、音、型などを修正したら?
  4. 拡大したら?
  5. 縮小したら?
  6. 代用したら?
  7. アレンジしなおしたら?
  8. 逆転させたら?
  9. 組み合わせたら?

 こうして見ると、これまでに挙げた実例がこのチェック項目にかなり該当していることに気がつく。早くからこのチェックリストのことを知っていたら、私も、もっとたくさんのアイデアを出せたかも知れない。


楽しむことこそ本質


 オリエンテーリング大会は競技会である。その意味では今回の話は的外れと言えるかも知れない。しかし、大会はイベントでもある。イベントの本質は、趣向を凝らすことにある筈だ。また、極端な話、大会は他人のために開いているのではない。自分のために開く。開きたいから開く。それが本当の姿だと思う。楽しむことこそ本質なのだ。
 アイデアを出して、趣向を凝らす。運営者自身が、誰よりも大会を楽しんでしまう。参加者が楽しいと思う大会は、実は、運営者がより楽しんでいる。そういうものだ。
 競うように運営技術を磨き、趣向を凝らす。そんな日がまた来ることを期待したい。

 前進しない者は、後退するばかりである。
             ───ゲーテ