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【第1部】イントロダクション(O-Japan 1994.7月号掲載)
「今のOL界は停滞気味。懐古的な雰囲気さえ感じられる。」───国沢五月君は、トータスのメンバーに宛てた『浦島通信』の中で、トータスが5日間大会を開催した85年当時と現在とを比較して、こう書いている。ことに大会運営の分野では、その印象が強い。6人制のリレー大会が開催されるなど一部に新しい動きはあるものの、かつて牽引役を果たした学生クラブの大会から当時の勢いは感じられない。新企画への挑戦や独自色を打ち出そうとする試みが影をひそめるばかりか、大会運営の根本的なところで問題が発生する事例すら見受けられる。
私がオリエンテーリングの大会に初めて出場したのが中学2年の時。それから早いもので17年がたつ。その間、中学・高校時代は競技に熱中し、早大OCではクラブ運営や大会運営中心の道を歩んできた。
卒業して一度は現役を退いたものの、システム屋になってしまったのが運のつきか、入社2年目に申込と成績処理のシステムを作り込んで、早大OC大会の運営に復帰してしまった。以来7年、OBであるにもかかわらず現役学生と共に早大OC大会を運営している。もっともOBだけに皆と一緒になって運営するだけではない。年度にもよるが要綱やプログラム、マニュアルのチェックをしたり、各チーフに報告書を提出させたこともある。
昨年、こうした経験をまとめ、早大OC文庫の1冊として出版しようと企てたのだが、なにぶん良く知らない分野もあるため、なかなか筆が進まない。そうこうしている内に、また、質の低い大会を目の当たりにしたりする。そこで、そのエッセンスだけでも発表しておこうと考え、O-JAPANへの投稿を思い立った。どれほどの読者の方が大会運営に関心をお持ちかわからず不安ではあるが、これから約半年にわたって連載させていただきたい。
さて、サブタイトルにもあるように、この連載では次の2つのテーマに順次取り組んで行きたいと考えている。
第一は「大会を開く」方法──。きちんと大会を開くにはどうすれば良いか、失敗しないためにはどうすれば良いか、という問題である。ここでは大会運営における「段取り」と「チェック」が話題の中心になる。
第二は「大会を育てる」方法──。より良い大会にしていくにはどうすれば良いか、という問題である。そこでは「反省の仕方」のほか、「アイデンティティー」や「アイデア」といった話題についても言及する。
このように、この連載では大会運営における個々の現業のhow toを書き並べるのではなく、現実味を損なわない範囲内でhow toそのものとは少し距離を置いた方法論、あるいは本来how toの前段にあるべき議論を中心に進めて行きたいと考えている。オーバーな『大会運営学』というタイトルは、それゆえのネーミングでもある。
さて、前置きばかり長くなってもいけない。少しずつ本論に入って行くことにしよう。今回は「第1回 イントロダクション」ということで、いくつかの事例を挙げ、大会運営において大切なことは何なのか、問題提起をしておきたい。
発表することの重大さ
こんなことがあったと仮定しよう。
あるクラブが大会会場に模擬店を出して食品を販売することを企画し、プログラムでメニューまで発表した。
大会当日、最寄り駅の駅前にコンビニがあったものの、多くの参加者は荷物が増えることを敬遠し、それに模擬店が出ることだし・・・と思って、昼食を買って行かなかった。ところが、会場に着くと「模擬店は都合により中止」との貼り紙。学校側から火気使用の許可がおりず、販売ができなくなったというのである。会場の近所には店もなく、何も仕入れて来なかった参加者たちはカンカンに怒ってしまった───。
これは、あくまでもフィクションなのだが、こんな話を聞いたら、皆さんは「なんてお粗末な話だ!許可を得るのが先に決まっているじゃないか!」と思うに違いない。確かにこれはお粗末ではあるが、似たような、しかも、もっと重大な過ちを、私たちはかなり頻繁に目にしてはいないだろうか。
たとえば、プログラムに書かれたスタートまでの距離や所要時間。
当日行ってみたら、スタートまでの所要時間が30分からいきなり50分位に変更になっているケースがないだろうか。こっちは電車の関係で元から余裕などないスケジュールで行動しているというのに。
このような場合、極端な話、主催者は参加者一人一人に葉書を出すなどして、スタートまでの所要時間が30分から50分に変更になった旨の通知をすべきである。この変更によって、参加者は行動計画の変更を余儀なくされるのだから。最低でも、最寄り駅に立て看板を出し、役員を配置して、参加者に対して少しでも早く周知するよう努力すべきだ。もし、駅についた時点でこの事実がわかれば、参加者側でも駅から会場までタクシーで行くなどの手を打つことができるかも知れない。
もう一つ例を挙げよう。
要綱発表後に何らかの都合で会場を変更してしまったとする。プログラムで周知できるから問題ないかというとそうではない。大会に参加する人の中には、プログラムを持たない当日参加者という人たちもいるのである。彼らは、要綱しか情報源を持っていないのだから、旧会場に行ってしまう。そのため、主催者は、そうした人たちを新会場に案内したり、移動させたりするために、何人かの役員を割かなければならなくなるだろう。
このように、一度外部に出したスペックを変えようとすると、参加者に対して多大な迷惑をかけるだけでなく、主催者自身にとっても、多くの余計な作業が発生することになる。言い方を変えれば、外部に対して情報を発表する際には、後で変更が発生したりすることのないよう、キチッと話を詰め、その内容を確定させておかなければならないし、それができていなければ発表すべきではないのである。
主催者は、情報を発表することの重大さを今日以上にわきまえて行動する必要があるのではないだろうか。
特に大切な地元との関係
さて、以下の話はある大会で本当にあったできごとである。
スタート地点の山林を所有する地主に、大会のスタート地点として使わせてもらいたい旨の話はしてあったものの、OKという返事をもらえないまま、コースを組み、距離等を発表し、コース図も刷り上がってしまった。
ところが、前日になっても、地主がどうしても首を縦に振ってくれない。聞くと心配しているのは、たばこの不始末による山火事だという。参加者は山中でたばこなど吸わないと言っても、ダメだの一点張りである。
実は、その地主はその山林、つまり、杉林を担保にして、多額の借金をしていたのである──。
その後の説得で大会は無事開催できたものの、私たちが他人の土地をテレインなどと呼んで大会準備を進めていることがいかに勝手なことか思い知らされた事件である。
前節で「固めてから発表せよ」という旨のことを書いたが、中でも重要なのが地元との関係である。とにかく、地元の了承無しに大会は開けないことを銘記しなければならない。
作業手順の誤りが失敗を招く
テレイン内のある地点に救護所を設けることを決め、コース図にも印刷した。ところが、会場やスタート地点などとトランシーバーの交信テストをやってみたところ、そこでは電波が届かないことが判明し、やむを得ず救護所の場所を変更することにした。そこで、既に刷ってしまったコース図については手書きで修正したが、案の定、何枚かの修正漏れを出してしまった──。
もっとも、修正箇所が救護所の位置ならまだ救いようがあるかも知れないが、これがポスト位置や位置説明であったら取り返しがつかない。
さて、いくつか例を挙げてみたが、そもそも何故そんなことになってしまったのだろうか。
たとえば、スタートまでの所要時間の変更の場合、理由は大会によっていろいろあるようだ。スタート地点そのものが変更になったため、とか、実測していなかったため、とか。
となると「なぜプログラム発表までにスタート地点を確定させなかったのか?」、「なぜ先に実測しなかったのか?」が問題となる。そして、「プログラムを発表する時期など最初からわかっていたではないか?」と言いたくなる。
救護所の位置にしても、交信テストを後回しにしたことが問題だ。おそらく主催者には「交信テストはコース印刷よりも前にすべき作業である」という認識がなかったに違いない。地主交渉については「なんとかなるだろう」という甘い読みに基づく「見切り発車」が危機的な状況を招いたと言える。
このように大会運営の失敗は、知らずにか故意にかは別にして、作業の漏れや手順の誤りに起因していることが多い。
他方、大会開催を決め、日程を発表した以上、プログラム発表時期などは必然的に決まってくる。突き詰めると、大会の開催を決めた瞬間に、様々な作業の期限が実は規定されているのである。
先程、情報を公表する場合には、それまでに内容を確定させなければならないし、それができていなければ公表すべきではない、と述べたが、実際にはこの公表の時期というのは最初から決まっているのである。したがって、固まっていないから公表できない、などと呑気なことは言っていられない。決められた期限までにすべて固めなければならないのである。
つまり、与件であるそれぞれの期限までにやるべきことを全部やること、および、そのための一連の段取りこそが大会を失敗させないための最重要課題なのである。
